第六章 <「定番」続編・「一生モノ」もただの流行だった>
  2001/12/10 update


思い出してみれば80年代中頃からでしょうか、<定番ブーム>なるものがおきたのは。 当時といえばまだファッション業界もご多分に漏れずバブルでモリアガリザカリの頃、世の中に広く次々と目先の変ったデザインが受け入れられ、時流にあったはしゃいだ感じの服が横溢して、誰も彼も余計な尾ひれがついたような結構な“デザインもの”を着て街を闊歩していたことでありました。そしてそれにも飽きてきて、“口直し”的にスポットが当たったのが、それまで脇役だったと言える“フツーの服”たちだったのです。ま、それまで<定番>というのはギョーカイ用語、メーカーによって意味合いは違う場合もありますが「店頭で何気に目立つ商品ではないのだけれど確実に売れていくもの」ということで、「いつも必要とされるので、供給しつづけている“お定まり”のもの」といったところでしょうか。

それらの<定番>にスポットがあたり、動かざる価値観ということをフィーチャーするために今度はデザインではなく素材に付加価値をつけて、高品質を売り物にしたのが「一生もの」ということば。最近はファッション用語としてはあまり聞かなくなってしまいましたが、今思うとなんてごたいそうなキャッチフレーズ!? みなさんもきっと何か大決心して買ったものってあるでしょう?「これは一生ものなんだから・・」ってまるでおまじないか念仏のように唱えて、大きいお金を出すための後ろめたさの言い訳と自己暗示みたいにして買った「高価格で高品質でベーシックで飽きのこない(ということになってはいたが)デザインのもの」。かれこれ10〜15年前のそういうものは、本来だったらまだまだ「一生」には程遠いはずなので、現役のはずよね? では、ほんとに今でも変らぬ価値観を放ちまくっていますかあ〜?

例えば、まだ今みたいに中国製の安いのが無い頃のカシミア・ニット。これはン万円して当たり前でしたね。タートルネックやツイン・セット、カーディガン、いろいろ欲しくてシーズンに一枚ずつとか買い足していったものです。でもね、いくら素材が良くて着心地が良くても、今見たらもうシルエットが思いっきり違うんだわよねーっ! 肩パッドだって入ってるのもあるんじゃない? いいものほど、着られなくなると腹も立ちますわ・・。その上、カシミア自体がもう¥10000以下でスーパー・マーケットでも売ってて珍しくもないものに転落してしまったという価値観の変化もありますねえ。

そういえば私、十数万のタニノ・クリスティーのリザードのローファーも持ってたなあ・・ (ちょっとウツロだ・・)。おばあさんになっても履けるとか思って買ったんだったわん、もちろん靴としては履きやすくいいものだと(数回しか履いていないけど・・)。でもただ品が良いだけのリッチな素材の靴というだけで、やはり今見たらファッション的にはおしゃれに見えることは絶望的!! それに私、年をとればとるほどファンキーになろうと思っているから(今よりもっともっと!だすー)、そんなお品よろしいババアには絶対ならなくってよ。(ついにこの間、四谷の有名な元質屋のブランドもの引取りショップ“ル・デポ”にいろいろ持っていった時に¥10000で買い取っていただきましたわ。持っていると辛いからスッキリしたっす)

 当時アクセはゴールドでした。私も日焼けした肌にゴールドのブレスレットをつけるのが好きでしたあ・・。うん、まだ今でも持ってる。そらーゴールド自体の価値は時代を経ても別に変っていないのでしょうが、このところのシルバー(銀色)時代にはちょっと濃くうとおしく見えちゃう。でも最近またゴールドが復活してきたと言いたい? でもねー、あれから十ン年経ってじゅうぶんオトナになりすぎた私などだと、今ゴールドをつけたら“ケバいオバサン”に見えちゃうだけなのさ! もしどうしてもゴールドをつけたかったら、カンペキに今とわかるものか、マット・ゴールドとかブロンズっぽいゴールドとか、とにかく“昔は無かった感”が最低限必要ということなのよね。ま、私は今のところそこまで苦労して身の危険をおかしたいと思いませんが・・・。

しかし“一生モノ”という言葉は本来、家とか別荘とか家具とか貴金属とか、そういう不動産・資産系のものに使うっていたのではないでしょうか。ファッションに於いて“一生もの”が全然無いってことはないと思うけれど“保証”はない、ということは確実に言えます。だから今思うと早い話、“一生モノ”というのも“ただのひとつの一時的な流行”だったのだと・・・。はい、ただのキャッチ・コピー、ただの歌い文句。ああ、虚しいわあ〜ん、ファッションって・・・。

もし、とても稀に、モノとしては価値観はそのまま残りえたとしても「所有者のコンディションが変ってしまう」という過酷な事実にぶち当たることもありますし。前述のゴールドの件などは、まさにそうでしょう。「また来た! だいじに取っておいてよかったー。さすが私は目利きよねー」なんてルンルン取り出してみても「なぜか似合わなくなっている・・・!」または「似合いすぎ!」で、当時の人になってしまって、決して今っぽくは見えなかったりして。そして、かえって高品質で高価格の方がモノ自体の価値感が優先してしまうせいか、哀しいことに自分とのコントラストが見えなくなりがちだったりするから、気をつけましょうね〜、皆さん。

※ しかし、この<「定番」続編>根深く、まだまだ行ける気がしてきました。「もういっぽんいっとく?」ってかな〜。うん、もっと掘り下げて<いいもの志向の落とし穴>という感じで、よろしくでーっす。


次号へつづく